清墓の風雅

今年、兄貴が父から墓守を引き継ぎました。
父には、以前から免許返納や生前整理をするように迫っていました。
ようやくひとつ進んだと少しばかり安堵しました。
これを機に、世田谷の乗泉寺から川越の分院にお墓を移して欲しいと僕は思いました。
もう散り散りで集まる人もいないから。

お墓参りは故人を偲ぶものですが、本質は現在を生きている人のためのものです。
決して故人のためではない。
故人を偲ぶ現在を生きる者がこれからをよりよく活きるために立ち止まって休息を取るための定例行事です。
しかし、働き方も家族の在り方も生き方も多種多様な現代では苦しい行事の一つでもあります。
だからせめて近くにあるといい。

秋川さんが唄うように、故人はそのお墓にいるわけではない。
そこに眠っているわけではない。
心の中でいつでも会える。
坊主の金儲けにいつまでも無理をして付き合う必要はない。
お墓の前に立つ必要があるのなら月命日にでも一人で行けばいい。
お墓参りで満たされるものがあるのなら個人的に行けばいい。

そうは言っても、その名分のもとに集まることは大事なことです。
そんな時でなければ会えない人だっているのだから。

僕は、まだ何もわからない小さな子供を連れてお墓参りをしますが、子供に今後どのように伝えていけばいいのかわかっていません。
決まりだとか風習だとか言って有無を言わさずやらせるつもりはない。
頭ごなしに無理矢理にでもやらせるのが親の努めなのかもしれませんが、僕は日和ってるのでそんなやり方は考えていません。
しっかり話して理解してほしいと思います。
まぁ僕は無理矢理やらされましたが。

乗泉寺に行ったときには必ず3件隣のお墓をお参りしています。
ある有名な落語家のお墓です。
ジィちゃんが寿限無をよく聞かせてくれて落語を好きになったりしましたが、お茶漬けのCMでよく観た落語家のおじさんのお墓だって言うものだから手を合わせないわけにはいかない。

故人に想いを馳せる時、自分の心の中にその人のことを想います。
故人に会うことは到底叶いませんが、その人を知り、足跡を辿り、残されたものに触れ、想いを寄せることで温まるものがあります。
対話にはなりませんが、お墓を綺麗にして、手を合わせて心で想うとなんだか会えたような見守ってくれてるようなそんな気になることがあります。

秋川さんにそこにはいないよって言われますが。

志士や文豪たちも、日本各地で眠っている。
いや、そこにはいない。
それでも会える気がする。
行けば迎えてくれる気がする。

そこには居ない。
それはわかってる。

僕のことなど知りもしない故人に、縁もゆかりもないのにお墓参りに行くのは変でしょうか。
変だと自分でも思ってたので人にはあまり話してなかったのですが、そういったことをやってる人は結構居るものだと最近になって知りました。
それはそれで一つの風習だと考えている人もいるようです。

先日も、越生町にある渋沢平九郎のお墓参りに行ってきました。
渋沢栄一の養子になったことで幕臣として戊辰戦争を戦うことになり、飯能戦争からの敗走の果てに現越生町黒山で残党狩りにあい自刃した悲劇の英雄です。

戦争を知らない僕は、戊辰戦争以後の近代日本の姿は当たり前のことです。
多くの血と涙が流れたことを記録でしか知ることができません。

臥薪嘗胆して然るべし。
現代人がそんな風に生きることは難しい。

未来のために生きているはずなのに過去に救いを求めている。
それは滑稽ですね。
自覚しています。
でも、過去は不変だから、そこから得られる学びは公平で、未来に対して普遍です。
狭間の現在を不偏に強く生きるためにもがいています。
だから僕は故人の想いをもっと知りたいからこれからも会いに行きます。

それはとてもおかしれえことです。

偉人もいいけどたまにはジイちゃんに会いたいです。
川越なら行けるのにな。
お墓の移設は父に爆ギレされて終えました。

全然継がせる気ねーじゃん。

継ぐのは兄なので僕が言うことではなかったのかもしれません。
出過ぎた真似をしました。

父との溝を深めることにまた成功したようです。
一生分かり合えない気がします。

さて、本日で仕事で納めです。
ほぼ通常業務で最終日を終えることになりデスク周りの片付けや車の整理などに手が付けられなかったことを気に病みます。
年末のご挨拶に伺えなかった方もいます。
失礼をこの場を借りてお詫びいたします。

皆様、本年も大変お世話になりました。
ありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。

K.K

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